青検 - 高村光雲

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幕末維新懐古談. 楠公銅像の事. 高村光雲. 宮城前なる馬場先門(ばばさきもん)の楠公(なんこう)銅像についてお話しましょう。 ... この楠公像は高村光雲が作ったのだといい、また岡崎雪声(せっせい)氏が作ったのだとも専(もっぱ)らいわれている。 ...
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幕末維新懐古談. 高村東雲の生い立ち. 高村光雲. そこで、これから師東雲先生の生い立ちを話します。 東雲師は元奥村藤次郎といった人で、前述の通り下谷北清島長(源空寺門前)の生まれである。 その師匠が当時江戸で一、二を争う ...
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佐竹の原へ大仏をこしらえたはなし. 高村光雲. 私の友達に高橋定次郎氏という人がありました。 この人は前にも話しました通り、高橋鳳雲の息子さんで、その頃は鉄筆で筒を刻(ほ) ... 底本の親本:「高村光雲懐古談」新人物往来社. 1970(昭和45) ...
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幕末維新懐古談. 彫刻修行のはなし. 高村光雲. 早速彫らされることになる.—— この話はしにくい。 が、まず大体を話すとすると、最初は「割り物」というものを稽古(けいこ)する。 これはいろいろの紋様を平面の板に彫るので ...
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幕末維新懐古談. 帝室技芸員の事. 高村光雲. 美術学校の教授を拝命したのが三月十二日、奈良京都への出張が同月十九日、拝命早々七日ばかりで旅に出まして、旅から帰ると学校の人となり、私の今日までの私生涯がここで一転化すること ...
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幕末維新懐古談. 大隈綾子刀自の思い出. 高村光雲. 話がずっと後戻(あともど)りしますが、今日は少し別のはなしをしようかと思いますが、どうですか。 .では、そのはなしをすることにしましょう。 実は、先日来、大隈(おおくま) ...
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幕末維新懐古談. 徴兵適齢のはなし. 高村光雲. とかくする中(うち)、ここに降って湧(わ)いたような事件が起りました。 明治六年に寅歳(とらどし)の男が徴兵に取られた。 それはそれ切りのことと思って念頭にもなかった。 その ...
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幕末維新懐古談. 猫と鼠のはなし. 高村光雲. 少し変った思い出ばなしをします。 鼠の話を先にしましょう。 私が十五、六歳の時です。 師匠の手元にいて、かれこれ二、三年も稽古(けいこ)をしたお蔭(かげ)で、どうやら物の形が出来るようになって来ました。 ...
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幕末維新懐古談. 東雲師逝去のこと. 高村光雲. それからまたこういう特別な注文のほかに、他の仕事もぽつぽつあります。 それらを繰り返して仏の方をも相更(あいかわ)らずやっている。 明治十一年も終り、十二年となり、これと ...
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すなわち聖上が右のチャボに御目が留まって、ほしいと仰せ出された時、右の矮鶏を彫刻した高村光雲と、 ... 今夕(こんせき)は、高村光雲氏作が無上の光栄を得られるについての祝宴であると松尾氏起(た)って一場の趣意挨拶(あいさつ)を述べられ、 ...
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