青検 - 蒲松齢
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蒲松齢. 田中貢太郎訳. 洞庭湖(どうていこ)の中には時とすると水神があらわれて、舟を借りて遊ぶことがあった。 それは空船(あきぶね)でもあると纜(ともづな)がみるみるうちにひとりでに解けて、飄然(ひょうぜん)として遊びにゆくのであった。 ...
蒲松齢. 田中貢太郎訳. 喬(きょう)は晋寧(しんねい)の人で、少年の時から才子だといわれていた。 年が二十あまりのころ、心の底を見せてあっていた友人があった。 それは顧(こ)という友人であったが、その顧が没(な)くなった ...
偸桃. 蒲松齢. 田中貢太郎訳. 少年の時郡へいったが、ちょうど立春の節であった。 昔からの習慣によるとその立春の前日には、同種類の商買をしている者が山車(だし)をこしらえ、笛をふき鼓(つづみ)をならして、郡の役所へいった。 それを演春(えんしゅん) ...
珊瑚. 蒲松齢. 田中貢太郎訳. 安大成(あんだいせい)は重慶(じゅうけい)の人であった。 父は孝廉(こうれん)の科に及第した人であったが早く没くなり、弟の二成(じせい)はまだ幼かった。 大成は陳(ちん)姓の家から幼(お ...
阿繊. 蒲松齢. 田中貢太郎訳. 奚山(けいざん)は高密(こうみつ)の人であった。 旅に出てあきないをするのが家業で、時どき蒙陰(もういん)県と沂水(ぎすい)県の間を旅行した。 ある日その途中で雨にさまたげられて、定宿(じょう ...
促織. 蒲松齢. 田中貢太郎訳. 明(みん)の宣宗(せんそう)の宣徳年間には、宮中で促織(こおろぎ)あわせの遊戯を盛んにやったので、毎年民間から献上さしたが、この促繊は故(もと)は西の方の国にはいないものであった。 華陰 ...
庚娘. 蒲松齢. 田中貢太郎訳. 金大用(きんたいよう)は中州(ちゅうしゅう)の旧家の子であった。 尤(ゆう)太守の女(むすめ)で幼な名を庚娘(こうじょう)というのを夫人に迎えたが、綺麗(きれい)なうえに賢明であったから、夫婦の間もいたってむつましかった。 ...
封三娘. 蒲松齢. 田中貢太郎訳. 范(はん)十一娘は※城(ろくじょう)[#「田+鹿」、330-1]の祭酒(さいしゅ)の女(むすめ)であった。 小さな時からきれいで、雅致(がち)のある姿をしていた。 両親はそれをひどく可愛がって、 ...
考城隍. 蒲松齢. 田中貢太郎訳. 予(わたし)(聊斎志異の著者、蒲松齢)の姉の夫の祖父に宋公、諱を(とう)といった者があった。 それは村の給費生であったが、ある日病気で寝ていると、役人が牒(つうちじょう)を持ち、額(ひたい)に白毛のある馬を牽(ひ)いて来て、 ...
嬰寧. 蒲松齢. 田中貢太郎訳. 王子服(おうしふく)は(きょ)の羅店(らてん)の人であった。 早くから父親を失っていたが、はなはだ聡明で十四で学校に入った。 母親がひどく可愛がって、ふだんには郊外へ遊びにゆくようなこともさせなかった。 ...
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