青検 - 英国
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欧州人の中でも一番女性尊重者は十指(じっし)の指すところ英国人であるが、英国人の女性尊重は客間(きゃくま)だけの女性尊重で、居間へ入ると正反対だという説がある。 事実、英国人ぐらい文筆上で女性に対し諷刺(ふうし)や皮肉を弄(ろう)し、反感を示している国民は少い。 ...
日本では、例へば西洋料理の食ひ方はかうと、いつの間にか英国流の作法が標準のやうになり、フオオクは左手で持つものときまつたらしいが、これなども、うつかり仏蘭西式にフオオクを右手に持ちかへると、日本のハイカラな紳士淑女からは、 ...
... は常に能く人類の幸福を増進せし人なり、ネルソンは英国民の理想に応(かな)ひて世界進歩に偉業を呈せり、英国に忠実なりし彼は人類全躰の恩人なり。 ... 然れどもネルソンの勲績は主として英国海軍の発達にあり 而して彼は戦艦の改良、 ...
フランスからひとりで英国のわたし達に逢(あ)いに来たこども。 パリでは手を握り合ってシャリアピンに感心したこども。 置いて日本へかえってからは寄越(よこ)す手紙ばかりを楽しみにして居るわたし達、冬の灯(あかり)ともす頃は ...
英国の思想にては、自殺は東洋の思想にて考へらるゝよりも苦しきものなり。 「死」は其塲かぎりのものにあらず、死の後に何か心地よからぬことありと思ふは彼の思想なり。 「死」は最後のものにして、残るは唯だ形骸のみとするは我が思想なり。 此点に於て彼我大なる差違あり。 ...
あの TURNER(ターナー)はロンドンの市街をイタリヤの色彩で画いていたが、今思えば彼のイタリヤの自然を写した色彩はやはり英国式であった。 MONET(モネ)はフランスの地方色を出そうと力めたのではない。 自然を写そうとしたのである。 ...
アーノルドの「あづま」世に出(いづ)るの時は近しと聞く、英国の詩宗が文覚を観るの眼光いかんは、読者と共に刮目(くわつもく)して待つべし。 (明治二十五年九月) 底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房. 1969 ...
近ごろ、英国では十八世紀の通俗小説として通っていたトムジョーンズという作品が、純粋小説として英国文壇で復活して来たということだが、我国の通俗小説の中にも、念入りに験(しら)べたなら、あるいは純粋小説があるのかもしれない。 ...
往時英国の潜航艇に同様不幸の事のあつた時、艇員は争つて死を免かれんとするの一念から、一所にかたまつて水明(みづあか)りの洩れる窓の下に折り重(〔かさな〕)つたまゝ死んでゐたといふ。 本能の如何に義務心より強いかを証明するに足るべき有力な出来事である。 ...
そうしたら何ぼ英国だって堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒を切るに違いないだろうということになったんですが、生憎(あいにく)、その爆薬だけが足りないので、こうして汽車で先まわりをして御無理をお願いに伺ったんです」 青年はいつの間にか雄弁になっていた。 ...
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