青検 - 涅槃

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涅槃 ( ねはん ) 大学校という誰でも無試験で入学できる学校の印度哲学科というところ へ、 栗栖按吉 ( くりすあんきち ) という極度に漠然 ... 動物園の鉄格子の外側へ野放し にして、所もあろうに涅槃大学の印度哲学科でもうひと苦労考える苦労を重ねるという、 ...
Wikipedia: 坂口安吾
二三 彼等は靜慮し、堅忍し、常に勇猛に、聰慧にして無上安穩の涅槃を得。 二四 奮 ... 三二 不放逸を樂しみ放逸を畏るゝ出家は退轉するの理なし、彼は既に涅槃に近づけり。 .... 行跡尋ぬべきこと難し―已に變化的存在なる迷界を出で涅槃界に入れるを云ふ。
Wikipedia: 荻原雲來訳註
かの如来は 大涅槃 ( だいねはん ) に入りて既に久しと聞いて目を閉じ残念な顔付しま た釈迦如来は世に出たかと問うから、昔生まれて世を導きすでに 寂滅 ( じゃくめつ ) されたと答う。久しく頭を 俯 ( ふ ) した後 虚空 ( こくう ) に昇り、自分で火を出し身を 焚 ...
Wikipedia: 南方熊楠
計入二涅槃一後、經二三百四十五年一、始到二定王三年一、老子方生。(中略)至二敬 王元年一、凡經二四百二十五年一、始與二尹喜一西遁。據レ此年載懸殊。無二乃謬一 乎(『古今佛道論衡』卷甲). かくて首尾好く論壇の勝利者と宣せられて居る。併し道士 ...
Wikipedia: 桑原隲藏
しかもその地獄から解脱するには、寂滅為楽(じゃくめついらく)の涅槃(ねはん)に入る より仕方がないのだ。南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏 と、何遍唱えたところでピリヨードがない。 しかし日本人という人種は、こうした仏教の 根本 ...
其真下に、涅槃仏のやうな姿に寝てゐるのが、麻呂子山だ。其頂がやつと、講堂の屋の 棟に乗つてゐるやうにしか見えない。 こんな事を、女の身で知つて居る訳はない。だが 俊敏な此旅びとの胸には、其に似たほのかな綜合が出来あがつて居たに違ひない。
Wikipedia: 折口信夫
そうしてまた、 流転 ( るてん ) 、無常を差別相の形式と見、 空無 ( くうむ ) 、 涅槃 ( ね はん ) を平等相の原理とする仏教の世界観、悪縁にむかって諦めを説き、運命に対して 静観を教える宗教的人生観が背景をなして、「いき」のうちのこの契機を強調しかつ純化 ...
Wikipedia: 九鬼周造
そして親鸞は第一の説によって現在(元仁元年)を算定していう、「三時教を按ずれば、 如来般涅槃の時代をかんがふるに、周の第五の主穆王五十三年壬申にあたれり ... また賢劫経、仁王経、涅槃経等の説によるに、すでにもて末法にいりて六百八十三歳 なり。
Wikipedia: 三木清
理滿はかうして性慾の煩ひを絶つてから、一心に法華を誦んだお蔭で、佛陀が 涅槃 ( ねはん ) の同じ日に息を引き取つたさうだが、そんなにまでして往生の素願を遂げよう とも、折角内から燃えて來る焔を自分で塞いでしまつたのでは、その生活は何處かに ...
Wikipedia: 薄田泣菫
来れ、此地の 天日 ( てんじつ ) にこよなき 法 ( のり ) の言葉あり、 親み難き 炎上 ( えんじよう ) の 無間 ( むげん ) に沈め、なが思、 かくての後は、濁世の都をさして行くも よし、 物の 七 ( なな ) たび 涅槃 ( ニルヴアナ ) に浸りて澄みし心もて。 [#改ページ] ...
Wikipedia: 上田敏
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