青検 - 極楽浄土
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「尾張名古屋は城で持つ」と、俚謡(りよう)にまでも唄われている、その名古屋の大城は、慶長十四年十一月から、同十六年十二月迄、約二ケ年の短日月で、造り上げた所の城であるが、豊公恩顧の二十余大名六百三十九万石に課し、金に糸目を ...
そのまにもひとり二人、五人、八人といやちこき善男善女達が、あとからあとからと参詣に詰めかけてお山はしんしん、太鼓はドンツク、夕べの勤行(ごんぎょう)の誦唱(ずしょう)も極楽浄土のひびきを伝えながら、暮れました、暮れました。 ...
... 通夜物語の丁山・その他)純情の少女(婦系図のお妙・三枚続のお夏以下)勇み肌の兄哥(三枚続の愛吉)等のつくり出す情調と――この二つが、まぜあわされて、ここに、鏡花好みに統一された極楽浄土ともいうべき別乾坤ができ上るのである。 ...
船室に在(あ)りて憂目(うきめ)に遭(あ)いし盲翁(めくらおやじ)の、この極楽浄土(ごくらくじょうど)に仏性(ほとけしょう)の恩人と半座(はんざ)を分つ歓喜(よろこび)のほどは、著(しる)くもその面貌(おももち)と挙動とに露(あらわ)れたり。 ...
なお仏教語として品を呉音(ごおん)で読んで極楽浄土の階級性を表わす場合もあるが、広義における人事関係と見て差支ない。 上品、下品の対立は、人事関係に基づいて更に人間の趣味そのものの性質を表明するようになり、上品とは高雅な ...
かかる法悦の真ん中に往生いたすなれば、極楽浄土に生るること、必定疑いなしじゃ。 いざお切りなされい。 明日ともなれば、石工共が、妨げいたそう、いざお切りなされい」と、彼のしわがれた声が洞窟の夜の空気に響いた。 が、実之助 ...
私にとっては画室は花のうてなであり、この上もない花の極楽浄土である。 制作につかれると私は一服の薄茶をたててそれをいただく。 清々しいものが体の中を吹き渡る.つかれはすぐに霧散する。 「どれ、この爽涼の気持ちで線を引こう」 私は筆へ丹念に墨をふくます。 ...
この一節は、特に現世生活を穢土(えど)と罵り、途中の階段をヌキにして、一足飛びに極楽浄土にでも行こうとあせる夢遊病患者に対して、絶好の戒飭(かいちょく)である。 [#改ページ] 第四章 各種の霊媒能力. 問『いかなる人物が、霊界の機関たるに ...
しかし子供は、この世の中で何の罪も犯していないから、無事に極楽浄土へ往生したのだ――、自分だちは何の恨みもあの殺された人々にはないはずだが、しかし何の為めに、自分だちの家へこうして祟って来るのだろう。 と、楯井さんは、殆ど ...
第一部 最終戦争論. 昭和十五年五月二十九日京都義方会に於ける講演速記で同年八月若干追補した。 第一章 戦争史の大観. 第一節 決戦戦争と持久戦争. 戦争は武力をも直接使用して国家の国策を遂行する行為であります。 今アメリカ ...