青検 - 尾崎放哉
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青空文庫版まえがき このHTMLファイルには、種田山頭火と並んでいわゆる自由律 俳句を代表する俳人、尾崎放哉(おざき・ほうさい。一八八五―一九二六)の作品を年代 を追って並べた。放哉の句作は早く中学時代に始まっており、四一歳で死去するまでの ...
尾崎放哉. 島に来るまで この度、仏恩によりまして、此庵の留守番に坐らせてもらふ事 になりました。庵は南郷庵と申します。も少し委しく申せば、王子山蓮華院西光寺奥の院 南郷庵であります。西光寺は小豆島八十八ヶ所の内、第五十八番の札所でありまして、 ...
尾崎放哉. その昔し、豊臣家が亡びかけてからの事、和寇と云ふものがあつて支那の 東南の海岸を荒す、其の勢すさまじく、支那人大に恐れをなして、南清のある孤島に高い /\見張所をこしらへて、いつもその見張所の上に番人が居て、和奴来るや否やと眼を ...
尾崎放哉. 俺には名前がない、但し人間が付けてくれたのは有るが、其れを云ふのは 暫く差控へて置かう。 だが、何も恥かしいので云はぬと云ふわけでは毛頭ない。云ひ にくいから云はないのだ。外になんにも理窟はない、冬になれば雪が降る、夜になれば 暗く ...