青検 - 大町桂月
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鹿野山. 大町桂月. 一 鹿野山二十咏. 大正二年の夏、上總の鹿野山に遊びて、鹿野山二十詠を作る。 これ歌に非ず、三十一文字の案内記也。 一 八尾(やを)八作(やさく)八峯(やみね)八つ塚大杉の森の中なる大伽藍哉. 二 上總にて第一と聞く大寺の由來は古し聖徳太子 ...
月譜. 大町桂月. 月の名所は桂浜といへる郷里のうた、たゞ記憶に存するのみにて、幼少の時より他郷に流寓して、未だ郷にかへりたることなければ、まことはその桂浜の月見しことなけれど、名たゝる海南絶勝の地の、危礁乱立する浜辺に、よりて ...
猫征伐. 大町桂月. 鷄の親鳥、ひなどり、合せて、六十羽ばかり飼ひけるが、一匹の、のら猫來りて、ひよつこを奪ひ去ること、前後、十五六羽に及べり。 是に於て、わが家に、一の波瀾起る。 その猫を殺さむとは、血氣盛りの甥の意見也。 猫も憎けれど、祟るもの也。 ...
國府臺. 大町桂月. 烟分二遠樹一幾層横。 脚下刀河晩忽明。 捲レ地風來枯葉走。 伯勞吐レ氣一聲々。 苦吟漸く成る。 何となく、うれし。 ひとりにて飮む酒も、一種の味を生ず。 詩は、よかれ、あしかれ、出來れば、うれしき也。 苦しめば、苦しむほど、猶ほうれしき也。 ...
牛經. 大町桂月. 牛も鳴き狐も鳴きて別れ哉. 古原第一の名妓と謳はれたる花扇、千思萬考すれども、解する能はず。 終に閉口して、なじみの龜田鵬齋を呼び寄せて、之を問ふ。 鵬齋打笑ひて、そなたは振つたるよな、人もあらうに、蜀山人 ...
中野あるき. 大町桂月. ことしは、雨の多き年なる哉。 春多くふりたり。 更に四月の始めに大雪ふりたり。 六月に入りて、雹さへ降りたり。 この具合にては、梅雨の候は、所謂虚梅雨(からつゆ)なるべしと思ひしあても、外づれて、大いに降る。 ...
小日向臺. 大町桂月. 東京に於ける學校の主もなるものは、幾んど城北の臺地に集まれり。 本郷臺の帝國大學、第一高等學校、上野臺の東京音樂學校、東京美術學校、目白臺の學習院、女子大學、早稻田より高田臺へかけての早稻田大學、市ヶ谷臺の ...
小石川臺. 大町桂月. 東京に移り住みてより茲に三十年、東京は、第二の故郷なり。 その東京にて、居を更へしこと、幾十度なるを知らざるが、感化と印象との最も多く殘れるは、小石川臺也。 そは、杉浦重剛先生の稱好塾に寓したれば也。 ...
千川の櫻. 大町桂月. 小金井の山櫻の區域盡きて、境橋架れる處より、玉川上水分派し、練馬驛、東長崎驛を經て、板橋に入る。 これを千川上水と稱す。 大正四年、この上水べりに櫻と楓との若木を植ゑ付けたりと聞く。 さても花の名所の増加すること哉。 ...
杉田の一夜. 大町桂月. 疲れてくたばるまで歩いて見むと、草鞋脚半のいでたちにて家を出でたれど、汽車のある路は、馬鹿々々しくて歩かれず。 横濱までは汽車に乘り、龍頭より小舟に乘りて、屏風ヶ浦をわたる。 西山夕陽を啣みて、海波 ...
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