青検 - 中里介山

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山道. 中里介山. 大正十何年の五月、甲斐(かい)の国の塩山(えんざん)の駅から大菩薩峠(だいぼさつとうげ)に向って馬を進めて行く一人の旅人がありました。 中折(なかおれ)の帽子をかぶって、脊広の洋服に糸楯(いとだて)、草鞋 ...
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大菩薩峠. 竜神の巻. 中里介山. 一. 天誅組がいよいよ勃発(ぼっぱつ)したのは、その年の八月のことでありました。 十七日には大和(やまと)五条の代官鈴木源内を斬って血祭りにし、その二十八日は、いよいよ総勢五百余人で同国高取の城を攻めた日。 ...
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大菩薩峠. 鈴鹿山の巻. 中里介山. 一 「浜(はま)、雪は積ったか」 炬燵(こたつ)に仮睡(かりね)していた机竜之助は、ふと眼をあいてだるそうな声。 「はい、さっきから少しもやまず、ごらんなされ、五寸も積りました」 「うむ.だいぶ大きなのが降り出した」 ...
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大菩薩峠. 白根山の巻. 中里介山. 一. 机竜之助は昨夜、お絹の口から島田虎之助の最期(さいご)を聞いた時に、 「ああ、惜しいことをした」 という一語を、思わず口の端から洩らしました。 そうしてその晩、お絹は夜具を被(かぶ) ...
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「峠」という字. 中里介山 「峠」という字は日本の国字である。 日本にも神代から独得の日本文字があったということだが、それは史的確証が無い、人文史上日本の文字は、支那から伝えられたものであって、普通それを漢字と云っているが、日本で ...
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生前身後の事. 中里介山. 小生も本年数え年五十になった、少年時代には四十五十といえばもうとてもおじいさんのように思われたが、自分が経来って見るとその時分の子供心と大した変らない、ちっとも年をとった気にはなれない、故人の詩などを見ると ...
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大菩薩峠. 恐山の巻. 中里介山. 一. 田山白雲は北上川の渡頭(わたしば)に立って、渡し舟の出るのを待兼ねている。 舟の出発を待侘(まちわ)びるものは田山白雲一人ではなく、士農工商が一人二人と渡頭へ集まってひっかかる。 こちら ...
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大菩薩峠. 間の山の巻. 中里介山. 一. 内宮(ないくう)と外宮(げくう)の間にあるから間(あい)の山(やま)というのであって、その山を切り拓(ひら)いて道を作ったのは天正年間のことだそうであります。 なお委(くわ)しく ...
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大菩薩峠. 市中騒動の巻. 中里介山. 一. 白根(しらね)入りをした宇津木兵馬は例の奈良田の湯本まで来て、そこへ泊ってその翌日、奈良王の宮の址(あと)と言われる辻で物凄い物を見ました。 兵馬が歩みを留めたところに、人間 ...
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大菩薩峠. 新月の巻. 中里介山. 一. とめどもなく走る馬のあとを追うて、宇治山田の米友は、野と、山と、村と、森と、田の中を、かなり向う見ずに走りました。 しかし、相手は何をいうにも馬のことです。 さしもの米友も、追い ...
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